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No.345 「国立病院入院中の11歳の男児が重篤な喘息発作を発症し、転医先で死亡。国立病院の小児科医師に転医措置を怠った過失があるとされた地裁判決」

奈良地方裁判所 平成5年6月30日判決 判例タイムズ851号 268頁

(争点)

  1. 主治医の転医義務違反の有無
  2. 主治医の転医義務違反とAの死との因果関係の有無

(事案)

A(事故当時11歳の男児)は、生後7ヶ月の頃から喘鳴をしばしば起こすようになり、その発作が起こる度に近隣の医院等に通院し、あるいは入院して治療を受けていた。

昭和52年6月18日、Aは、B病院に気管支喘息の病名で入院し、昭和52年7月26日から、B病院を退院する昭和53年1月17日まで、副腎皮質ステロイドホルモン剤(以下、ステロイド剤という)の投与を受けていた。

Aは、この間、C病院にも入院するなどして診療を受けており、昭和53年1月13日付でC病院から主治医に対して、Aにステロイド剤の影響と考えられる小人症と白内障を指摘して、その投与を控え目にすることが望ましいとの連絡がなされている。

AはB病院を退院した翌日の昭和53年1月18日、隣接地に養護学校が設置されている、国Y1が開設したY病院に入院した。

Aの主治医は、昭和54年4月1日から同病院に勤務する小児科の常勤医であるY2医師になった。

Y病院では、Aの入院後10日余りしてからは喘息発作が起きた際にステロイド剤が投与され始め、昭和53年10月21日からは定期的にステロイド剤の投与がなされるようになった。

Y2医師は、当時Aには小人症、白内障、肥満傾向、一時的糖尿病、副腎皮質機能の抑制などのステロイド剤の副作用がみられたため、ステロイド剤の投与を制限する方針を採ることを考えたが、Aには喘息発作もみられたことや呼吸器感染を起こしていたこともあって、昭和54年10月頃までは従前通りの量のステロイド剤の内服投与を続けた。

同年8月ないし10月の間には大した発作は殆どなかったため、アレルギー反応の抑制剤であるグリチロン、気管支拡張剤のテオナP、痰を切る薬のビソルボンの投与を中止するとともに、同月末に副腎皮質機能検査であるラピッドアクステストをして副腎機能の低下を確認した後、同年11月から昭和55年3月までの間は1週間における回数を減らす方法でステロイド剤の内服使用を漸減しつつ同剤からの離脱を試みるとともに、アレルギー反応の抑制剤であるインタールや吸入によるステロイド剤であるアルデシンを漸減していった。

しかし、同年3月以降にかなりひどい喘息発作が頻発したため、同年4月から8月までは再び注射や吸入によるステロイド剤の投与を増量し、同年7月から喘息発作があまり起きなくなって、活動性も出てきたため、同年9月頃からはステロイド剤の内服使用の漸減と併せて発作時においては水分を早めに取ったり、腹式呼吸をしたり、排痰をするなどA自らこれを克服する姿勢を身に付けさせる方法によってステロイド剤からの離脱を試みた。

この様な経過を経て昭和56年4月1日以降には、内服薬によるステロイド剤の投与は中止し、吸入用のステロイド剤であるアルデシンは気管支のみに作用して体内に吸収されにくいためステロイド剤特有の副作用を殆ど伴わない利点があるところから、これのみが使用されるようになった。

しかし、同年6月に入るとAには殆ど毎日小発作がみられるようになった。同月15日にAの両親はY2医師と面談してAが痩せてきているため何か対策を講じることを訴えるとともに、ステロイド剤の投与を再開することの要望し、その後もAの母親から同様の要望が出ていたところ、同月27日、Aにひどい喘息発作が起きたためステロイド剤(リンデロン)が約3ヶ月ぶりに静脈注射された。

その後同年7月にかけてAの病状は安定していたが、同年8月9日にAの両親とY2医師が面談した結果、Y2医師の診療についてAの両親が信頼を失っていることが明らかになった。そして、同月12日、Y2医師は副院長からAの主治医をY3医師と交代することを告げられ、8月18日から、Y3医師(小児科の常勤医)がAの主治医となった。

Y3医師は、原則的にはステロイド剤からの離脱を中心とした従前からの診療方法を継続することとし、喘息発作の予防薬として前記アルデシン、抗アレルギー剤のインタールや気管支拡張剤のネオフェリンなどを使用し、発作が中程度となった時には、ネオフィリンの静脈注射や輸液、酸素等を使用していた。

なお、前記ステロイド剤離脱1ヶ月後以降のAの体重は目立って減少している。Y3医師は、主治医となった時点における体重(19キログラム)は痩せる傾向にあるものの、肥満度でいうとマイナス約16パーセントであるため特に異常域にあるとは判断していなかった。

Y3医師が主治医となった後から同年8月末までの間に5日にわたって喘息の中発作が起き、翌9月に入ってから9月21日までの間にも5日にわたって中発作が起きているが、内服ないし注射によるステロイド剤の投与はなされておらず、上記の投薬等の方法が取られていた。

9月22日午前3時頃、Aに重い喘息発作が起き、Aは度々「苦しい」と訴え、その後失禁、流涎がみられた。午前7時頃半座位になり、身体を前後にゆするなど呼吸困難をうかがわせる動作をし、午前7時30頃に急に入眠状態となり、その後意識喪失となった。午前8時30分頃には口唇、爪床にチアノーゼが認められ、午前8時33分には下顎呼吸、陥没呼吸が始まった。

午前11時に判明した動脈ガス分析の結果(同日午前10時50分に動脈血採血)、Aの炭酸ガスは127.3、酸素33.6を示した。

Y3医師は、動脈血採血の結果が判明してAが換気不全による意識障害(炭酸ガスナルコーシス)を伴う重症の呼吸不全状態であることを確認し、人工呼吸を行う以外に救命方法はないと判断したが、Y病院の医師、看護師らのスタッフや人工呼吸器の設備では人工呼吸を行うことは困難と考え、転医措置を取ることを決めた。

Y3医師は、副院長を通じて県立医大附属D病院に連絡をとって一旦受け入れの承諾を得たが、D病院への搬送に1時間を要することを考えてその依頼を取り消し、改めて約10分程度で搬送が可能な県立E病院に交渉した結果、その受け入れの承諾が得られたことから同午前12時5分にE病院に転医することを決定した。

午前12時10分、Aは救急車でE病院に搬送され、気管内挿管による人工呼吸を受けたが、意識は回復せず、また、呼吸不全も改善しないまま経過し、同月24日午後10時30分に呼吸不全により死亡した。

そこで、Aの両親が、Y1、Y2医師、Y3医師に対し、不法行為ないしは債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
3672万0556円
〔内訳:逸失利益1612万0556円+慰謝料2000万円(Aと両親固有の慰謝料の合計額。内訳不明)+葬祭費用60万円〕

(裁判所の認容額)

認容額:
1998万円
〔内訳:逸失利益538万円+慰謝料1400万円(A自身の慰謝料800万円+両親固有の慰謝料各300万円の合計額)+葬祭費用60万円〕

(裁判所の判断)

1.主治医の転医義務違反の有無

裁判所は、上記の認定事実等を前提として、9月22日午前8時30分頃には、Aは重篤な呼吸不全状態にあったものと推定され、人工呼吸の必要性があることが明らかとなったと判断しました。

そして、Aのような年少者で重症の喘息患者に気管内挿管の方法による人工呼吸を行うためには、その挿管技術に習熟した医師が必要であることはもちろんであるうえ、呼吸管理を専門的に行う麻酔医や人工呼吸中の喘息患者に対する痰排除や薬物的措置などを手分けして行うことができるだけの医師、看護師ら人的設備が必要であるし、また、人工呼吸器等の物的設備も相当なものが確保されていることが必要であるが、当時のY病院では手術を行っていなかったこともあって麻酔専門の医師はおらず、Y3医師自身は上記挿管を実施した経験はなく、また、その技術を習得するための研修を受けたこともないため、当時それを実施することを躊躇していたのであって、Y病院に上記の時点でそれを実施しうる医師が在院していなかったし、物的設備の面でも、当時存在した人工呼吸器は従圧式のものが一台あったが、これはその構造上重症の喘息患者に使用するのに適しないものであり、より適する従量式のものは配置されていなかったとして、当時のY病院においては、重篤な状態にあったAに対し人工呼吸等の緊急救命措置をとるための人的および物的態勢が整っていなかったと判示しました。

その上で、裁判所は、Y3医師としては、重篤な喘息発作の状態にあるAを救命するために、8時30分頃の時点で直ちに転医措置を取るべき義務があり、同日午前12時10分頃に至って漸くAの搬送措置が取られている以上、Y3医師に転医義務を怠った過失があると判断しました。

2.主治医の転医義務違反とAの死との因果関係の有無

裁判所は、本件で転医を決定したうえ搬送が実施されるまでに要する時間は30分程度と見るのが相当であると判示し、そうすると、本件では同日午前9時頃にAの搬送措置が取られ得たことになるから、現実には搬送、従って人工呼吸の開始が約3時間遅れたこととなるのであって、この遅れが無かったとすればAの呼吸不全による死亡という結果を回避しえたといえるかが問題とされるべきであるとしました。

そして、裁判所は、Aの呼吸障害の状態は依然として継続していたものの、同日午前9時10分頃には一時消失していた瞳孔反射はプラスとなり、喘息も出現するに至ったことが認められるものであり、この点や同日早朝からのAの病状の進行経過等を考慮し、鑑定の結果及び証人の証言を子細に検討すると、上記搬送時間の遅れ(3時間)がなければ、Aの死という結果は避けられ得た蓋然性は高いものと認めるのが相当というべきである判示し、因果関係を肯定しました。

以上より、Y3医師とその使用者であるY1に対し、上記の裁判所認容額の支払いを命ずる判決が言い渡されました。

その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2017年10月 6日
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